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ブリキ缶建造記

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主に1/700艦船模型の制作記録

日本海軍砲艦「勢多」

▼ようやく「勢多」型砲艦「勢多」(1937年時)の完成であります。
日中戦争開戦後、間もない頃の艦容を一応再現したつもりですが、考証的に不正確で怪しい部分もありますのでご容赦願います。
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▼実艦は常時艦尾に天幕が張られていたようですけれども、艦尾甲板のディテールが見えなくなってしまいますので、模型的見映えから天幕を再現しませんでした。天幕用の支柱と屋根組みは推測ながら再現してあります。後で気が向いたら天幕を追加するかも。
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▼左舷真横から。上部構造物内部がスカスカですね…。
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▼右舷斜め前方から。キセル型通風筒の開口部は未加工で、塗装でごまかしてあります。
後檣は『NAVY YARD Vol.4』の作例記事にならい短縮した状態としました。1937年の時点ではまだ短縮していないかも知れません。1935年撮影の写真では模型よりもっと高い状態です。
煙突はキットの部品をそのまま使用してしまいましたが、これは短縮後の状態です。1937年時の場合、新造時と同じ高さのままですので、模型の状態は誤りということになります…。
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▼先に完成した一等駆逐艦「峯風」と並べてみました。
「勢多」型砲艦の全長は一等駆逐艦のおおよそ半分、排水量は約四分の一です。とても小さい艦艇です。それでもフネの“格”は砲艦のほうが上で、艦首に菊花紋章をいただく立派な「軍艦」です。
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▼乾舷の高さを比較すると、河用砲艦は駆逐艦の半分以下しかありません。しかし、艦橋や煙突頂部の高さは「峯風」型とほぼ同じくらいなんですね、驚きです。
もし河用砲艦がうねりのある外洋を航行するならば、とんでもないことになると容易に想像できます。
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さて、先日『モデルアート』誌2月号を購入してきました。
特集内容が「1/350戦艦大和」ということで久しぶりに購入したのですが、衣島氏の連載記事「連合艦隊編成講座」では、ちょうど「勢多」型砲艦を取り上げておられ、とても興味深かったです。

ただ、作例記事のなかで触れられている、砲艦が軍艦籍を外された時期について少々疑問が…。
同記事内では(要約すると)“砲艦は1942年7月1日より軍艦籍から外れて独立艦種になり御紋章が撤去された”とあります。
ところが、手元にある資料、ダイヤモンド社刊の写真集では、1944年10月1日と記載されております。また、写真のキャプションを信用するならば、1942年8月1日撮影の「唐津」、1942年9月30日撮影の「須磨」の写真には菊花紋章がバッチリ写っております。なんだか矛盾していますね…。


それはさておいて、今年完成した模型は「那珂」「峯風」「勢多」の結局3隻のみとなりました。
5月から胃を悪くして以降体調不良だったため、模型制作のほうも低調でした。食欲不振が続き、67kgだった体重が約3ヶ月で58kgまで減少しました…。学生の頃の体重に戻ったので、昔穿いていたスボンが穿けるようになったりしましたが(苦笑)。
最近は食欲・体重とも元の状態に回復しつつありますが、以前より筋力が落ちたため基礎代謝も減り、すっかり冷え性体質になってしまいました。真冬に氷点下20度以下まで冷えるこちらの地方では、冷え性はつらいですね…。

来年こそは平穏無事で、もっと模型制作を楽しめたら良いなと思います。
これをご覧になられた皆様が、よい新年を迎えられますようお祈り申し上げます。
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by minekaze1920 | 2011-12-31 17:32 | 「勢多」型砲艦